デジタルツイン構築の原則とベストプラクティス

A digital twin conceptual image

デジタルツインを適切に構築するためには、ビジネス価値を効果的に創出するための原則や、困難に立ち向かうためのベストプラクティスが必要である。本記事では、筆者の知識や経験を元に整理した、デジタルツイン構築の原則とベストプラクティスを紹介する。

デジタルツインとは

コンピューターによる演算能力が指数関数的に上昇し続け、現実世界をデジタル世界で再現しシナリオ分析や未来予測ができる時代が到来した。そのような技術をデジタルツインと呼び、製造業や建築業等の様々な分野で活用され始めている。

デジタルツインは2002年にMichael Grievesがプロダクトライフサイクル管理(PLM: Product Lifecycle Management)の研究においてデジタルツインのコンセプトを導入したのが起源と言われている。今日ではPLMに留まらず様々な領域においてデジタルツインが活用されているが、現実空間の物理的な実体をデジタル空間に持ってくるコンセプトは変わらない。

2010年頃にはNASAの公式ドキュメントでもデジタルツインという言葉が使われ始め、様々な宇宙開発プロジェクトにおいてその技術が活用されてきた。デジタルツインの起源には諸説あり、NASAでは1960年代の月面ミッションの時点で既にデジタルツイン技術を使っていたとする記事もある。

近年ではメタバースのトレンドに合わせてインダストリアルメタバースエンタープライズメタバース等とリブランディングされることもある。正確な定義はないと筆者は理解しているが、デジタルツインを活用してビジネスの価値を創造する動機付けが高まっている証左だと言えるだろう。いずれにしても基礎となる技術はデジタルツインである。

デジタルツインで変革を起こす

デジタルツインはDXのイネーブラーの一つである。DXはデジタル技術によってビジネスモデルに変革をもたらすための戦略であり、多くの企業がデジタルツインを変革のためのコア技術として期待している。物理的な資産やプロセスを多く持つような製造業や建設業、物流業では、すでにサプライチェーンの管理等に導入され価値を生み出している。

デジタルツインは、新たな顧客価値や社会価値創造の可能性を持つ重要な技術である。デジタルツインはサプライチェーンやプロダクトライフサイクル管理に相性が良く、最適化や効率化の文脈で語られることが多い。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの報告書では、日本企業が好む業務効率化や働き方改革によるコスト抑制ではなく、DXによる生産性向上には付加価値を高めることが重要であると指摘している。デジタルツインは、製品やサービス、それらを取り巻くエコシステム全体に関係しており、潜在的な価値創出の可能性を大いに秘めている。

Uberはタクシーや配送者の現在地をデジタル空間上に再現することで、独立した個人の集まりにも関わらず最適な配車や配送を実現した。ユーザーはアプリを通じ、リアルタイム性の高い全く新しい配車・配送体験を得られた。また、個人の新たな収益源としても注目され社会的にも大きな影響を持つサービスとなっている。ビジネス上はポジティブに語られることが多いものの、ビジネスモデルや法規制遵守、労働環境等の課題が山積みであり、成功失敗の価値判断はステークホルダーによって分かれていると想像する。

一方で、デジタルツインの導入に失敗するケースは少なくない。GEがデジタルツインを活用したDXに失敗した話は記憶に新しいが、同様の失敗は大なり小なり世界中で起きていると推察される。最近では、立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公開したDX実践手引書等のベストプラクティスが共有され始めており、DX失敗のリスクを抑えるためのノウハウが手に入りやすくなった。DX実践手引書はデジタルツインにも応用可能ではあるものの、より踏み込んだ知見を得るためにはデジタルツインに特化したベストプラクティスが必要である。

デジタルツイン事業構築の原則

デジタルツインはその技術的側面が注目されやすいが、事業構築においては技術以外の観点を原則とするのが良い。

価値創造を原動力とする

前節でも述べたように、生産性を高めるためには新たな価値提案が必要である。ビジネスを成功させるためには、どの程度コストを削減したかよりも、どれだけ新しい価値を生み出したかが重要である。短期的な成功のためにコスト削減から始めがちだが、スモールスタートで良いので立ち上げの段階から新たな価値に主眼を置いた変革を目指すのが良い。

変革の青写真を効果的に描くためには、以前の記事で紹介した変革ダイナミクスが有用である。変革ダイナミクスは、顧客価値と社会価値のいずれかまたは両方の存在を前提としつつ自社に合った変革ダイナミクスを構成できる。価値のない変革や変革のない価値を選択肢から排除できるので、新たな価値に焦点を置いた発想に注力できる。

Transformation dynamics
変革ダイナミクス

デジタル空間上で未来予測やWhat Ifを導き出すことで、デジタルツインは新たな顧客価値、社会価値を創出する可能性がある。価値を中心とした事業構築を進めるためには、価値が予測可能となる状態から逆算してデジタルツインを構築すると良い。計算機の演算能力や機械学習のキャパシティが向上した結果、デジタル活用が進んでいる企業ではビジネス上のアクションに予測結果をフィードバックすることが行われている。最先端の企業の事例等を参考にしつつ自社の事業向けにアレンジするのも良い。

もちろん、価値は計画的に生み出せるものではない。新たな価値を創り出すことは探求的で創造的な活動であり、誰でも簡単に実現できることではない。価値創出の成功可能性を少しでも高めるためには、適切なチームで適切なプロセスを規律を持って実行する必要がある。価値創造を原動力とするためには、抜本的な組織変革から始めなければならない。

組織変革を出発点とする

多くの企業は既存の事業を中心として組織が構成されている。新たな価値を生み出すことは既存事業の価値を拡大することと全く異なる活動であるため、組織変革を出発点とする必要がある。

組織変革の詳細なノウハウについてはDX実践手引書を参照されるのが良い。なかでも重要なのは、トップダウンとボトムアップの両面からアプローチすることであり、ビジョン・ミッションやパーパスを用いた経営陣からの強いコミットメントの発信や、規律あるアジャイルなチームによる継続的な活動が不可欠である。

ほかにも、社内外のステークホルダーとの協調関係の構築も欠かせない。デジタルツインを用いた事業はステークホルダーが多くなりやすいため、複雑な組織構造や業界構造にある中で推進するのは難しい。効率良く事業を推進するためには、ステークホルダーとの協調した意思決定を進めやすい体制やプロセスに変革する必要がある。

分野横断的チームによって推進する

デジタルツインが求める知識や経験は膨大であり、分野横断的チームが求められる。 CITRIS and the Banatao Institute (CRIST)のディレクターはMIT Sloan Management Reviewの記事の中で、デジタルツインの機会創出のためのベストプラクティスの一つとしてテクノロジー基盤側とアプリケーションドメイン側のシナジーを挙げている。また、そのシナジー創出は簡単なものではなく、組織内に閉じないパートナーシップによって適切なチーム構成を保証することが重要であるとしている。

デジタルツインを用いた事業には、ビジネス、デザイン、エンジニアリング、マニュファクチュアリング、サービスに至るまでのあらゆる領域の知識や経験を必要とする。また、法規制、標準への準拠も求められるため、それらに精通したメンバーの参画も求められる。すべての領域をカバーするためには、自社だけではなくパートナーやアドバイザー、アウトソースも検討しなければならない。

分野横断的なチームを作るためには、個々の専門性も重要であるがコアメンバーにはジェネラリストとしての立ち回りが求められる。専門性の高いメンバーが集まったチームは分野複合的(Multidisciplinary)であり、従来型の共同作業による活動を主体とする。新しい価値は分野を横断する活動が不可欠であるため、ジェネラリズムの獲得により分野横断的(Crossdisciplinary, Interdisciplinary, Transdisciplinary)なチームを構築しなければならない。

サプライチェーンや業界全体を巻き込む

デジタルツインはサプライチェーンや業界全体にまたがるアプローチが必要となることがある。製品や顧客情報を一社が全て持っていることは滅多になく、サプライチェーン全体に散在してることが多い。製品やサービスの付加価値を高めるためにはこれらの散在した情報を統合する必要があり、サプライチェーン全体での協調関係が欠かせない。

サプライチェーンの協調関係は重要組織の参加が漏れなく必要である。ローランド・ベルガーは、組織や技術の変革に乗り遅れた企業が存在する場合、サプライチェーン全体の最適化を妨げる可能性があると指摘している。また、重要なサプライヤーには護送船団的に変革を推進することを提言している。

法規制、標準に対応するためには、業界の競合との協調も必要である。これらの外部環境に自社のビジネスが左右されないためには、業界全体の動きに対して積極的にリーダーシップを発揮することが求められる。

デジタルツインのベストプラクティス

前節で解説した原則を前提とし、デジタルツイン構築における困難を乗り越えて効果的に事業を推進するためのベストプラクティスを紹介する。

はじめてデジタルツインを導入する

デジタルツインは小規模なものから始める方が良い。初めてデジタルツインを検討する組織では、何をどうやってどの程度作れば良いのか検討がつかない。また、成功実績のない組織でその必要性を訴えるのは難しい。成功実績を高速に作るためには、意欲的なステークホルダーのみが関与する比較的小規模なデジタルツインに焦点を当て、小さくても良いので新たな価値を創出するのが良い。

デジタルツインは他システムとの相互運用性が重要である。はじめてのデジタルツインであっても、自社で活用されているシステム群との連携が必要となるケースは多いと思われる。自社や業界に何らかの標準がある場合にはそれに準拠することを想定するのが良いだろう。そのようなものがない場合でも、用語やデータの取り扱いに気をつけることや、なるべくシンプルなアーキテクチャーを心がけることが、後々の相互運用性確保において重要である。

複数のデジタルツインを管理する

いくつかの成功を重ねると、複数のデジタルツインを管理しなければならないことに気づくだろう。組織やサプライチェーン全体を覆うような巨大なデジタルツインはコストや運用等の面はもちろん、企画をまとめることや全体へと普及させる面でも実現性に乏しい。優良な複数のデジタルツインが徐々に定着し、それらの統合や協調を考えるのが自然である。

複数のデジタルツインを管理することは、分散システムを管理することと同じ課題がある。CAP定理によると、分散システムでは可用性(Availability: A)、一貫性(Consistency: C)、分断耐性(Partition Tolerance: P)をすべて同時に満たすことは難しい。アプリケーションの要件に応じて、三つのうちのいずれか二つを選択するように設計することが求められる。決済を要する場合にはCA型で厳密さを保証し、BIに用いる場合にはCP型でスケーラビリティを重視する等の方針が考えられる。ただし、CAP定理は現代の分散システムを考えるには単純化されすぎており、実用上はもっと複雑な設計議論が必要である。ここでは、CAP定理を参考に、分散システムの設計には制約があるということを覚えてもらいたい。

また、管理するシステムが増えることでサイロ化や過剰管理の問題が発生する。サイロ化は統合によって得られるメリットを抑制してしまう効果がある一方で、過剰管理は事業の推進速度を損なってしまう。一般的に、分散したデジタルツイン群を効果的に連携させるのは困難である。そのため、事業速度を損なう規模になるまでは、モジュールを意識した設計をしつつなるべく基盤を統合して扱うのが良いだろう。

しかしながら、何らかの理由でデジタルツインを統合管理できないことは十分に想定される。その場合には、マイクロサービスアーキテクチャーやデータメッシュ、データシェアリングのようなアイディアが役に立つだろう。本記事では詳細は割愛するが、多くの企業がチャレンジしその成功や失敗を元にノウハウ化された情報がたくさんあるため、是非とも参照されたい。

デジタルツインを統合したパラダイムとして、Cognitive Digital Twin (CDT)がある。CDTは、物理的な実体(Physical Entities)とデジタルの実体(Virtual Entities)に加え、認知的な実体(Cognitive Entities)があるとしている。CDTによると、複数のデジタルツインをオントロジーやナレッジグラフ等を用いた認知的な実体によって統合し、製品ライフサイクル全体にわたるアプリケーションが可能になるとされている。CDTはあくまで複数のデジタルツインを管理する方法の一つだが、最新のコンピューターサイエンスの技術を活用して大きな価値を生み出せる技術だと期待している。

Comparison between digital twins and cognitive digital twins. (Xiaochen 2021)

とはいえ、複数のサービスやデータ基盤を管理するのは非常に困難であるため、必要に駆られるまではなるべく統合した環境で管理することを繰り返し推奨しておきたい。

リアルタイムかつ双方向なシステムを実現する

デジタルツインのメリットを十分に活かすためには、リアルタイムかつ双方向なシステムが必要である。現実世界の出来事が瞬時にデジタル化され、それらを基にした新たな予測を生成し、人間や機械への効率良くフィードバックすることができれば、非常に強力な価値の源泉となる。

デジタルツインを活用するためには、現実世界だけでなくデジタル世界での活動も欠かせない。NVIDIAのOmniverseは、メタバースアプリケーションを作成し運用するためのプラットフォームである。Omniverseでは、Universal Scene Description (USD) と呼ばれる標準的なデータフォーマットを採用し、あらゆる3Dモデルをプラットフォーム上で表現できるように作られている。クラウド上のGPUサーバーを用いて高速に描画しリアルタイムに配信する仕組みを持っており、複数ユーザーがデジタル空間上でコラボレーションすることを可能にする。サードパーティーのアプリケーションとのインタフェースも自由に拡張することができ、デジタルツインでの活用も大いに期待できる製品である。

リアルタイムな予測を活用するためには、リアルタイムに分析を処理できる基盤が必要である。従来型のデータ基盤では、オンライントランザクション処理(OLTP: Online transactional processing)とオンライン分析処理(OLAP: Online analytical processing)が分かれていることが多い。OLTPデータベースに格納されたデータを定期的に抽出しOLAPデータベースに格納するようなアーキテクチャが多く、OLAPデータベースでは実際のデータと分析結果の間にタイムラグが生じてしまう。これに対し、分析とトランザクションのハイブリッド型のアプローチで処理を行うHTAP(Hybrid transactional analytical processing)と呼ばれる技術が注目されている。HTAPのアイディア自体はそれほど新しくないものの、近年ではデータベースベンダーやパブリッククラウドベンダー、データウェアハウスベンダー等から革新的なHTAPが多数発表されており、リアルタイムに分析データを活用できる世界観に対する期待が高まっている。まだまだ成熟した技術とは言い難いが、一定のユースケースでは検討に値するだろう。

不完全なデータに対処する

すべてのデータを収集することは技術的にもコスト的にも難しく、現実的には必要なデータを選別して収集することになる。たとえば、製造設備の稼働状況を調べるために3Dのデプスカメラやレーダーによって一挙手一投足すべてを追跡することは現実的ではないし、できたとしても不要なデータが蓄積するだけで無意味である。実用上は、故障の検出に役立つ部分に安価なセンサーを取り付けたり、人や機械の行き来を広く追跡するために必要十分なカメラを配置したりする必要がある。

デジタルツインの運用を進める中で、測定不足により所望のアプリケーションが即座に実現できないことが生じるだろう。NTTデータの調査研究報告書では、普及に向けた鍵となる技術の一つとしてバーチャルセンサーを挙げている。バーチャルセンサーによると、測定されていない周辺環境との相互関係を予測し、シミュレーションすることができる。測定されていないデータには、計画段階でバーチャルセンサーを想定しているものと、事業を進めるうえで必要に駆られて補間するものがある。後者の場合には、必要に応じてPoCを実施し予測アルゴリズムの構築や追加のセンサー導入を検討することで、効率良くデジタルツインを拡張することができるだろう。

物理的な挙動が明らかである場合には、支配方程式に従ってシステムの挙動をシミュレーションすることができる。複数の物理領域を統合的に解析する場合でも、マルチフィジックスシミュレーションを通して複雑なシミュレーションを実行できる。これらの方法によるとシステムの挙動を精度良く推定できるが、リアルタイムに計算結果を返すことは難しい。

近年では、事前に機械学習を使って支配方程式の入出力関係を学習するサロゲートモデルの研究開発が進んでおり、実時間でも有用な計算結果が得られるようになってきている。機械学習を用いてシステムのすべてをブラックボックスとして扱うシステムも考えられるが、物理モデルと機械学習モデルを組み合わせたアプローチで両方のメリットを活用するのが良いだろう。

Human in the loopデザインを前提とする

すべてを無人で実施するのは難しいため、human-in-the-loopデザインを前提とした構築が必要である。デジタルツインに人が関与する場面は様々であり、分析結果を読み解いて次のアクションを考えたり、状況に応じて必要なタスクを実行したり、ロボットと共同で何らかの作業を行うこともあるだろう。これらの状況に適切に対処するためには、Human computer interactionやHuman robot interactionの知見が不可欠である。

ロボットが適応的に作業できるためには、人や環境を正確に認識、予測できる必要がある。コンピュータービジョンやセンサーフュージョン技術の発展に伴い、人とロボットが混在する環境でもある程度安全かつ効率良くロボットを制御することができるようになってきた。複雑な判断や細かい作業等にはまだまだ課題があるため、ロボットの能力に適したアプリケーションを見極めることが重要である。

ロボットを十分に活用するためには、ロボットの状態を人が適切に認識、予測できるシチュエーションアウェアネスの仕組みも必要である。人のコミュニケーションには言語、非言語を複雑に組み合わせた方法が無意識に組み込まれており、効率良く協調作業を進めるうえでは欠かせない。ロボットが適切なサインを発信していなければ、人はロボットに不信感を覚え、対立や回避による共同作業しかできなくなってしまう。安心して協調関係を構築するためには、人や環境に合った適切なサインを発信できる必要がある。

また、実際の作業環境では、事前にプログラムできない状況が無数に発生してしまうため、すべての作業をロボットに学習させておくことは難しい。人と人との関係と同様に、ロボットと人との関係においても創発的かつ相互に協調方法を学習できる必要があるだろう。ロボットが環境から知識を得る技術はまだ研究段階であるが、実用化されると人とのハイレベルな協調作業も可能になるだろう。

まとめ

技術の成熟やノウハウの蓄積により、デジタルツインの実現は現実的なものとなってきた。デジタルツインは企業に新たな価値をもたらす可能性を有しており、構築の困難に立ち向かうに値する重要な技術である。製造業の発展を担う企業や個人の皆様には、本記事で紹介した原則やベストプラクティスを活用し、顧客価値や社会価値を変革する革新的なデジタルツインの構築を目指していただきたい。

筆者の紹介

製造業やエネルギー・インフラ産業、運輸業等に向けてDX支援、AI導入支援・開発等を行っています。また、RLHFやAI Alignmentを実現するためのプロダクトの開発も行っています。

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