Figureの汎用ヒューマノイドはロボット市場に革命を起こすか
ロボットディープテック冬の時代
汎用AI技術を活用した大規模言語モデルや画像生成モデルがシリコンバレーのビッグテックを中心に盛り上がりを見せ、長年Googleが君臨してきた検索エンジン技術界隈では激しい競争が繰り広げられている。大規模なリセッションで多くの事業や研究開発を縮小または廃止する動きが見られ始めている中、言語モデルや画像生成モデルの開発には集中的にリソースが投下されている。
一方で、ロボティクス領域における景気は良好とは言い難い。X発のAIロボット事業を進めてきたEveryday Robotsは、Alphabetにおける大規模なレイオフの余波を受け事業終了に追い込まれたとWIREDが報じている。Everyday RobotsではGoogleのAI研究者達と共同で、Say-Canをはじめとした大規模言語モデルを組み込んだロボット技術の開発に取り組んでおり、SNSでも大きな注目を集めていた。
同じくAlphabet傘下のIntrinsicでは大規模な事業縮小は行われていないとされている。産業用ロボット向けのソフトウェアプラットフォームを開発する同社では、ディープな課題に取り組むEveryday Robotsに比べて現実的な事業が選択されており、財務的リスクは限定的と評価されたのかもしれない。2022年末にROSやGazeboの開発団体であるOpen RoboticsのOSRCを買収したと発表されており、今後も同社の活動が継続的に行われることを示唆している。
ロボットのディープテックと言えばOpenAIという印象が強かったが、2021年に言語モデル等の注力領域に焦点を当てるためにロボット部門を解散したと発表されている。ロボットディープテックにとって冬の時代とも言える中、未だ撤退や解散が発表されていないDeepMindやGoogle Roboticsでのロボットの研究が縮小されないことを願うばかりである。
世界初の汎用ヒューマノイド商用化を目指すFigure
そんな中、つい先日の2023年3月2日にロボット業界に刺激的なニュースが飛び込んできた。ロボティクススタートアップであるFigureは、世界初の商用可能な汎用ヒューマノイドロボットFigure 01を発表した。2022年に創業された同社は、IHMC、Boston Dynamics、Tesla、Waymo、Google X、Teslaから集めた錚々たるメンバーで構成されており、汎用ヒューマノイド実現に向けたCEOのBrett Adcockの並々ならぬ意欲が垣間見える。創業当初から2023年のプロトタイプ公開を目指していたと報じられており、今のところ順調に研究開発が進められていると推測される。
Figure 01は、170cm60kgのボディを持ち、電気エネルギーによって20kgのペイロードと1.2m/sでの歩行が可能とされている。Boston DynamicsのAtlasに比べ、人間的で華奢な印象だ。人間を模した身体機能を持ち、基本的な人間動作が可能な設計がなされている。また、最新のAI技術を駆使し、さまざまな分野で応用可能な汎用的な知能が開発されている。
Figureがヒューマノイドに取り組むのは、労働市場を変革し、世界中の人々が幸福かつ有意義な人生を送ることができるためである。そのために、ヒューマノイドロボットの展開による労働市場の課題解決をビジョンとし、AI技術を使ったヒューマノイドの能力拡大をミッションとしている。また、同社のバリューにはTeslaを彷彿とさせる文言が並べられており、シリコンバレーのディープテックスタートアップの中でも一線を画すハードコアな企業であると感じられる。
非常に意欲的な目標を掲げるFigureであるが、その実現可能性については定かではない。同社が掲げるマスタープランでは、ハードウェアからソフトウェア、AI、生産技術に至るまでフルスタックの開発体制を取り、現在の労働者を代替する汎用ヒューマノイドを開発するとされている。具体的な技術等については明らかにされていないが、採用ページではAI領域の技術者としてコンピュータービジョンやモーションプランニング、ローカライゼーション&マッピング、マニピュレーター等の技術を有する人材を募集している。また、要素技術だけでなくヒューマノイドオペレーター向けのインタフェースや、管理システム、インテグレーションについても人材が募集されており、実用化に向けた取り組みが加速していると見られる。少なくとも、2024年のパイロットに向けた準備は着々と進められているようである。
Figureが最強のロボットスタートアップであることは言うまでもないが、過去数多の企業がチャレンジし、失敗を重ねてきたこの領域で成功を収めるのは容易ではない。CEOのAdcockは、労働市場の課題解決には特定用途向けに設計されたロボットではなく人の形を模した汎用的なロボットであると述べている。しかしながら、現在のロボット市場を席巻しているのは特定用途向けに設計されたロボットであることは言うまでもない。生産性と効率を第一に掲げてきたロボット領域では、特定用途のロボットをギリギリまでチューニングし、人間にはできないようなレベルの作業を担当することが多かった。これらの市場にヒューマノイドロボットが割って入るとは考えにくい。
一方で、近年広がりを見せている協働ロボットは、人と同じ環境で汎用的に活用することが期待されている。また、ロボット技術者でなくても簡単にセットアップでき、ロボットの民主化に貢献している。ヒューマノイドロボットが目指すのは、まさにこの協働ロボットの究極形であるとも言える。矢野経済研究所やGrand View Researchのレポートによると、協働ロボット市場は2030年に1兆円前後となると予想されている。産業用ロボットの市場予測と比べて一桁小さいものの、新たなトレンドとして確実に市場を形成していくと期待されている。もちろん、これらの予測にヒューマノイドロボットによる影響は盛り込まれていないため、Figureの成功によって市場が大きく変化する可能性もある。
協働ロボットやAI技術の発展、ロボットの民主化については、IFR (International Federation of Robotics) でもトレンドとして認識されている。また、IFRが発行するWorld Robotics 2022では、ロボット市場の長期的なドライバーとして大規模な労働人口の不足が挙げられている。Figureのマスタープランは野心的かつ壮大すぎる印象も見受けられるものの、専門機関の発表と比較しても大局観にずれはない印象である。
ロボットディープテックの今後
Figureの発表後すぐに、カナダのスタートアップであるSanctuary AIは、商用可能な汎用ヒューマノイドをCanadian Tire Corporationに導入したと発表した。2023年の1月に小売店に導入されたヒューマノイドロボットは、110個の小売に必要なタスクを遂行し、従業員が好まないさまざまな作業をこなすことができたと報告されている。
発表のタイミングや論調から見てFigureを意識した発表であることは間違いなく、今後のロボットディープテック領域の人材や資金獲得競争に意欲を見せている。Sanctuary AIの創業は2018年であり、開発年数としてはFigureよりも優位である。しかしながら、6ヶ月に一度新型を発表すると豪語するFigureの勢いに負けないためには、さらなるギアの入れ替えが必要になると思われる。
日本の動向といえば、2022年の6月にGlobisで行われた会合では「日本初、AI・ヒューマノイドは実現可能か?」というテーマでディスカッションがされている。松尾 豊教授が指摘するアルゴリズムの課題や、Idein代表の中村氏が話すチップ性能の向上はもちろん、SCHAFTの創業者である中西氏をはじめ、ヒューマノイドロボット開発に携わった技術者を擁するGITAI, Inc. の中ノ瀬氏が挙げたように、二足型ロボット特有の障壁が非常に大きいと思われる。実際に、GITAIが開発するGITAI R1やToyota Research Instituteのロボットでは二足型は採用されていないし、国内で最も注目されるディープテックベンチャーであるPFNからは、実用的な移動ロボットを軸に事業展開を行うPreferred Roboticsが創業されている。
古くからロボットが盛んに研究開発されてきた日本だからこそ、歴史から学び現実的な路線で研究開発が進められることが多い。しかしながら、FigureやかつてのSCHAFTのような野心的なスタートアップが日本からも生まれてほしいと願う人たちも少なくないだろう。将棋プログラムPonanzaの開発者である山本一成氏と国立情報学研究所PIの青木俊介氏が2021年に創業したTuring株式会社は、日本では珍しいムーンショット型のスタートアップとして完全自動運転EVの量産に向けた意欲的な取り組みがなされている。Tesla、Uber、Waymo等の強力な企業にも成し遂げられていない偉業に向け世界と戦っている姿は、日本からスタートアップを起業する身として非常に刺激的である。
筆者が2023年に創業したIntermind AI株式会社では、産業における人とAIの共生に向けた製品・サービスの開発をコア事業とし、汎用知能モデルの開発や人の価値観や行動様式に適合したAIの研究開発を進めている。FigureやSanctuary AIのようなフルスタックのアプローチに対し、弊社ではAIを中心としたソフトウェア技術によりロボットの民主化を目指している。今後は、日本を含む世界中のさまざまな企業や研究機関とのオープンイノベーションを推進し、産業におけるAIと人の共生の実現を加速していく。
まとめ
ロボットディープテックに冬の時代の様相が漂う中、シリコンバレーを中心に意欲的なプロジェクトが世界中で進められている。日本では政府によるスタートアップ支援が強化され、ディープテックへの投資も加速すると予想される。宇宙スタートアップのispaceの東証グロース市場への上場は日本市場がディープテックに力を入れていくことを示す象徴的な出来事であり、関係者や支援されてきた方々に敬意を示したい。さまざまなハードルがありつつも、今後もさまざまな企業が世界中のディープな課題解決に向けた挑戦を続けていくだろう。その舞台に、日本からも多くの起業家や技術者が挑戦していくことは間違いない。
筆者の紹介
産業と社会におけるAIと人との共生を実現するスタートアップIntermind AIを経営しています。汎用的なロボット AI モデル、AI の価値観や行動様式を人に合わせる方法についての研究を行い、これらの研究から生み出される技術により、人との高度な協働が可能な AI を目指しています。
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